適応障害で「外に出るのが怖い」あなたへ。回復までの順番と、私がまた飲みに行けるようになるまで

適応障害で「外に出るのが怖い」あなたへ。回復までの順番と、私がまた飲みに行けるようになるまで

こんにちは、蒼檸檬です。

外に出るのが怖い。

人と会うのがしんどい。

以前は当たり前にできていたことが、急にできなくなる。

そんな感覚になって苦しくなっているあなたへ。

私も適応障害で休職が決まったとき、ほっとしたと同時に、一気に気力がなくなりました。

大好きだった飲み歩きも、友人と遊びに行くことも、自然とできなくなっていきました。

「こんなはずじゃなかった」という感覚と、「なんで自分だけ」という気持ちが、ずっと頭の中にありました。

今は、また少しずつ外に出られるようになっています。飲みに行ける日も戻ってきました。

この記事は、同じように「外に出るのが怖い」と感じている方に向けて、私がたどった回復の順番を書きます。


外に出るのが怖かった頃の私

症状のリアル

休職が決まった直後は、外に出ようとすると体が反応するようになっていました。

動悸、吐き気、急に涙が出る。玄関まで行って、靴を履いたのに、そこから一歩が出ない。誰かと約束をすること自体が怖くて、LINEの通知を見るだけでぐったりしていました。

「ちょっとコンビニ行くだけ」が、こんなに大変なことだとは思っていませんでした。

一番つらかったのは、できていた自分とのギャップだった

症状そのものより、もっとしんどかったのが「前の自分との比較」でした。

飲み歩きが好きで、友達と予定を入れることが普通にできていた。

それが急にできなくなって、「なんで私だけこうなってるんだろう」という気持ちが毎日ありました。

弱くなったわけじゃない、と頭ではわかっていても、以前の自分を思い出すたびに自己否定のループに入っていく。

あの時期が一番、精神的にしんどかったと思います。

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外に出られなかった私がやっていたこと

無理に頑張ろうとして、余計に悪化した

最初のうちは「慣れれば大丈夫になるはず」と思って、しんどくても外に出ようとしていました。

結果は撃沈。

帰ってきてからぐったりして、「やっぱり自分はダメだ」という気持ちが強くなるだけでした。

周囲から「気分転換に出かけてみたら?」と言われることも、善意だとわかっていても正直しんどかったです。気分転換できる状態じゃないときに、そう言われると余計に「なんで私はできないんだろう」と思ってしまうのがとてもつらかったです。

家にいる時間の過ごし方と、罪悪感

外に出られない日は、スマホを見て、ゲームをして、気づいたら寝ていて、また目が覚めて。

そういう毎日でした。

何もできていない、という罪悪感はずっとありました。

でも今思うと、あの時期にできることは「休む」しかなかった。

それで十分だったんだと思います。

生きてるだけで丸儲け、これは真理だと感じました。

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少しずつ外に出られるようになったきっかけ

小さな外出から始めた

回復の入り口は、本当に小さいことでした。

ゴミを出しに行く。

コンビニで飲み物だけ買う。

人が少ない時間帯に、近所をちょっと歩く。

それだけです。

「外出した」という実績を積むより、「今日は外の空気を吸えた」というくらいのハードルで十分でした。

大きな目標を立てるより、拍子抜けするくらい小さい一歩の方が、続きました。

「行けた日」も「行けなかった日」も、責めなかった

回復には波があります。

昨日は外に出られたのに、今日はまったく無理、という日が普通にあります。

最初はその波に振り回されていましたが、「波があって当然」という前提にしてから、少し楽になりました。

行けなかった日を責めるのをやめると、次の日に少し動きやすくなる感覚がありました。

人との関わりを、少しずつ戻した

会うのはまだ無理でも、LINEだけなら返せる日が来ました。

そこから、短い時間だけ会う、信頼できる人だけに絞って会うという順番で、少しずつ戻していきました。

全員と一気に関係を戻そうとしなくていい。

まず一人、まず30分、それで十分です。

また飲みに行けるようになるまでにやったこと

ハードルをめちゃくちゃ下げた

「飲みに行く」を復活させるとき、最初は近場・60分だけ・疲れたらすぐ帰る、という感じでお出かけをしました。

以前の「夜中まで飲み歩く」とは全然違うけれど、それでよかった。

「少しだけ外で誰かと話せた」という事実が、じわじわと自信になっていきました。

「逃げ道」を事前に用意した

体調が悪くなったら帰る、ということを、一緒に行く相手に事前に伝えるようにしました。

調子によっては早く帰るかもしれないけど、ごめん」と言っておくだけで、気持ちがずいぶん楽になります。

逃げ道があると思えると、外に出るときの恐怖が少し小さくなります。

「最悪帰ればいい」という感覚は、思っている以上に助けになりました。

「大丈夫だった」を少しずつ積み重ねた

1回外に出て、大丈夫だった。

また1回、大丈夫だった。

その積み重ねが、「また行けるかも」という感覚につながっていきました。

楽しかった記憶というより、「怖かったけど、なんとかなった」という記憶を増やしていく感じです。

今でも怖くなることはある

完全に治ったわけじゃない

今も、体調によっては約束が怖くなる日があります。

人が多い場所で急に疲れてしまうことも、まだあります。

「完全に元通り」になったわけではないし、たぶんそれを目指さなくていいと思っています。

波がある前提で、付き合っていく感じです。

でも「戻れる」とわかったのが大きかった

一番変わったのは、「また外に出られる日が来る」とわかったことです。

外に出られなかった頃は、このまま一生こうかもしれないという感覚がありました。

でも、実際に少しずつ戻れた経験が、「また落ちても、また上がれる」という感覚に変わりました。

それだけで、だいぶ楽になります。

今、適応障害で苦しいあなたに伝えたいこと

休むのが怖い人へ|適応障害になった私の話

外に出るのが怖いあなたへ

今は無理しなくていいです。

回復には順番があって、いきなり「前の自分」に戻ろうとしても、うまくいかない。

ゴミ出しでいい、コンビニでいい、ベランダに出るだけでいい。

その積み重ねが、いつか「また飲みに行けた」につながっていきます。

焦らなくていい。波があっていい。「今日はダメだった」で終わっていい。

少しずつでいいので、小さな一歩を続けてみてください。

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まとめ

  • 無理に外に出ようとすると、余計に悪化することがある
  • 回復の第一歩は、ゴミ出しやコンビニくらい小さくていい
  • 「行けない日」を責めないことが、回復を早める
  • 逃げ道を用意して、少しずつ「大丈夫だった」を積み重ねる
  • 完全に元通りを目指さなくていい、波と付き合っていく

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