会社に行けなくなった朝、体に起きていた異変|動悸・吐き気・涙が止まらない【適応障害の限界サイン】

暗い顔で頭を抱えている女性と、明るく散歩している女性のイラスト

こんにちは、蒼檸檬です。
今回は、私が「お前は叩けば叩くほど伸びる」と言われ続け、適応障害になったときの体験談をお話しします。

あくまで私の体験談ですが、当てはまるような方がいらっしゃれば、

ここまでくると限界なんだというサインとして参考になれば幸いです。

当時の職場について

当時いた会社は、いわゆる体育会系の環境でした。
全体会議ではこんな言葉が飛び交っていました。

「うちの社員は気力があるから風邪なんてひかない」

体調不良=気持ちの問題、という価値観が当たり前の職場でした。

体育会系企業についての記事も執筆しています。ご参考までに。

業務は毎日テレアポ。
相手に迷惑をかけていることも自覚しながら、ただ件数をこなすだけの仕事。
「なぜこんなことをしているんだろう」という虚無感が、じわじわと心を削っていきました。

さらに上司からは毎日のように

「頑張っているか。ずっと見てるぞ」

と声をかけられ、見守られているというより「監視されている」感覚でした。

辛さをOJTの先輩に相談し、そういった言動をやめてくれるようその上司に直談判してくれました。
先輩は本当に気にかけてくれて、守ろうとしてくれました。

それでも翌日には

「お前は叩けば叩くほど良いんだ」

と言われ、心も体もさらに追い込まれていきました。

具体的な症状(適応障害のサイン)

今振り返ると、心も体も明らかな限界サインを出していました。

朝、起き上がれなくなった

ある朝、いつもと同じようにアラームが鳴りました。

目は覚めた。時間もわかった。「起きなきゃ」と思った。

でも、体が動かなかった。

布団から出ようとすると、体が鉛のように重くて、動かせない。
まるで、誰かに押さえつけられているみたいでした。

会社のことを考えた瞬間、胸が苦しくなって、動悸がする。
息が浅くなって、うまく呼吸ができない。

なんとか起き上がって準備を始めようとしても、吐き気がして、手が震える。

会社に入れず、周囲を歩いて時間をつぶす

早めに会社に着いていないと不安になる性格だったので、時間だけはありました。

でも、会社に入ろうとすると、体が拒否反応を起こす。
オフィスのドアの前まで来ても、入れない。

結局、会社の周りを歩いて時間をつぶすことが増えました。

昼休みに会社のトイレで泣くのが日課

会社に着いても、デスクに座っていると急に涙が出てくる。

理由はわからない。ただ、涙が勝手に出てくる。

昼休みになると、トイレに駆け込んで、声を殺して泣くのが日課になっていました。

「なんで…なんでこんなに辛いんだろう…」

家で「消えたい」などとネガティブなことばかり口にしてしまう

家に帰っても、ネガティブなことしか言えなくなっていました

  • 「もう辞めたい」
  • 「消えたい」
  • 「明日が来るのが怖い」
  • 「朝が来なければいい」

そんな言葉ばかり口にしてしまう自分に、さらに嫌悪感を抱いていました。

身だしなみを整えられなくなる

髪を整える気力もなく、メイクも適当。
服装も最低限しか気を遣えなくなっていました。

「こんなことすらできない自分はダメだ」と思っていました。

今振り返ると、これは明らかな心の限界サインでした。

それでも「甘え」だと思っていた

会社で泣くことが増え、同僚や総務の方に相談するようになりました。
総務の方から「一度人事面談をした方がいい」と言われ、人事との面談では号泣。

それでも心のどこかで

「自分が弱いだけではないか」

「これは甘えなんじゃないか」

と思っていました。

朝、体が動かなくても、「気合いが足りないだけだ」と自分を責めていました。
動悸や吐き気も、「気のせいだ」と無視しようとしました。

人事から「休んだ方がいい」と言われ、まずは有給を取ることに。
その後、産業医との面談で「かなりまずい状態」と言われ、すぐにメンタルクリニックの受診を勧められました。

適応障害と診断されたときの気持ち

適応障害と診断されたとき、正直な気持ちはとても複雑でした。

「やっぱりそうだったんだ」という安心。

「本当に病気なんだ」という不安。

その両方が同時に押し寄せてきました。

でも、診断書が出て休職の指示が下りたとき、いちばん強く感じたのは――

「これでやっと休める」という安堵でした。

限界まで頑張らないと休んではいけないと思い込んでいた私にとって、「休んでいい」と言ってもらえたことは、許可をもらえたような感覚でした。

休職してから意識していたこと

休職に入ってすぐ劇的に元気になったわけではありませんが、仕事のことを考えなくていい環境になったことで、少しずつ心の緊張がほどけていきました。

最初の頃は何もする気が起きませんでしたが、だんだんと日常の小さなことができるようになっていきました。

  • 家で簡単な料理をしてみる
  • 近所をゆっくり散歩する
  • 気持ちが少し上向いている日は、少しだけ遠出してみる

「できたこと」が増えるたびに、ほんの少しずつ自信が戻っていく感覚がありました。

意識していたのは、できるだけ生活リズムを崩さないことです。
早寝早起きを心がけて、朝はカーテンを開けて日光を浴びるようにしていました。

もちろん、うまくできない日もありました。
昼まで起きられない日や、何もしたくない日もありました。

それでも、「休むことも回復の一部」だと思うようにしていました。
休職中は何か特別なことをする期間ではなく、すり減った心を元に戻す時間だったのだと思います。

詳しくはこちら:
適応障害で休職中の過ごし方|焦らず回復するために私がやったこと・やめたこと

今振り返って分かる「心の限界サイン」

当時は気づけませんでしたが、今思うと心ははっきりと限界のサインを出していました。

⚠️ 心と体の限界サイン

体に出るサイン

  • 朝、布団から起き上がれない
  • 会社のことを考えると動悸がする
  • 吐き気がする
  • 手が震える
  • 頭が真っ白になる
  • 身だしなみを整える気力がない

心に出るサイン

  • 理由もなく涙が出る
  • 会社に入れず、周囲を歩いてしまう
  • 会社のトイレで泣くのが日課
  • 家でネガティブなことしか言えなくなる(「もう辞めたい」「消えたい」)
  • 「明日が来るのが怖い」「朝が来なければいい」と思う
  • 理由のはっきりしない不安が、ずっと胸の奥にある

どれもそのときは「疲れているだけ」「自分が弱いだけ」と思っていました。

でも本当は、心がこれ以上無理だと教えてくれていたサインだったのだと思います。

あの頃の自分と、今苦しいあなたへ

今振り返ると、あのときの自分に「それでも生き抜いてえらいよ」と言ってあげたい気持ちになります。

そして今まさに苦しんでいるあなたも、もう十分頑張っています。
これ以上無理をする前に、立ち止まる選択をしてもいいんです。

朝、体が動かなくなったら。

会社のことを考えると動悸がしたら。

涙が止まらなくなったら。

それは「甘え」じゃありません。限界のサインです。

以前の私は、「正社員で働き続けなければいけない」と思い込んでいました。
でも今は、アルバイトや業務委託など、働き方はいくらでもあると分かりました。

大事なのは、肩書きよりも、まず自分が生きていられる環境を選ぶこと。
働き方は、あとからいくらでも立て直せます。

休むという選択肢があることを知っておいてください。

厚生労働省が設置している相談窓口のリンクも記載しておきます!

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ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

少しでもあなたの心が軽くなっていれば幸いです。

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